自分を育て直す

ありがたいことに、『パンツははいておけ』が色々な場所で紹介されていて、どんな紹介のされ方をしているのかなと見てみると、「虐待」という文脈で登場していて、ちょっとびっくりしてしまったのだ。

私、自分が虐待されてるって思ってなかった。

 

虐待という概念は、私が小さい頃から既に世に浸透していた(それだけ、世の中に虐待が増え始めていたともいえる)。

小学校の廊下には、「ごはんを食べさせてもらってる?」「おうちのひとからぶたれてない?」「なにかあったら周りの大人に相談するか、電話してね」と吹き出しで言わされているキャラクターのポスターが貼ってあって、それを見るたびに私は、「ごはん食べさせてもらってるし、ぶたれてもいないから、私の親はまともなんだ」と自分に言い聞かせて安心していた。

ちなみに中学生ぐらいの時に一度書かれている電話番号に電話したことがあったのだが、やる気なさげなスタッフが電話に出て、そのときの家庭での事情を話したら「で、どうしたいの?」と冷たい声で言われて思わず電話をブチ切りしたことがあったな。

 

私が好きな漫画『こどものじかん』(私屋カヲル、双葉社)に、まさにドンピシャなシーンがあって。

兄ばかりを愛する母親から、モラルハラスメントのような虐待を受けているメインキャラの一人、美々ちゃん。

 

 

そう、私も本当にこういう状況だった。

だから、大人になって本を出して、それについて各所で言及してもらった時に、初めて自分がされていたことを「虐待」という言葉で形容されたときに、すごく驚いたのかもしれない。現に自分ではエッセイの中で一度も虐待という言葉を遣っていない。でも、それと同時に、なんか安心した気もしたのだ。

でもきっと私の両親は、自分のしてきたことは虐待だと認めないだろうし、私もそれでいいと思ってしまう。不思議と、意地でも虐待だったと認めさせたいとか、謝ってほしいとか、そういう感情はない。もう終わったことだと思っているし、親も、人間として未完成な存在だったから。

というか、人間とか、生きとし生けるもの、みんな死ぬまで未完成なんじゃないかな。

 

だから今更ふつふつ怒りが湧いてくることもなく、時間の経過とともに、波が引いて穏やかになっていくような、そんな感じ。

それに、親から離れてからの方が人生長いものなので、私は、私を、自分の手で、じっくりと育て直していきたい。

 

そのためには、いっぱい美味しい物食べて、いっぱい寝て、いっぱい好きな人やモノにふれるのが一番いいんだろうな~と思う。嫌いな人やモノ、ムカついたことに対して執着するのは、自分の精神衛生を悪くして自家中毒になるのでやめるべし。

 

私、実は、大学に入るまで外食することすら引け目を感じるぐらい自尊心なかったのだけれど(私なんかが外食をしていいのだろうか…となぜか思っていた時期があった)、自分で自分を育て直すと決めて早数年、今では立派に鶴橋の焼肉屋で限界一人焼肉してるし洒落たカフェでアフタヌーンティーセットとか頼んじゃいま~~~~す!!!!!イエーイ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

あと院試の勉強の合間に大大大大好きな声優さんの水島大宙さんが主演のアニメ、「瀬戸の花嫁」をプレイバックし始めている。だいちゅうしか勝たん🥺

 

同じ生きるなら好き勝手した方が楽しいので

好き勝手やってやる!好き勝手やってやる!!

好き勝手やり過ぎて島追い出されるんじゃないかなとヒヤヒヤしている所存

いつか島公開したいと思います。需要は私にあります。

 

いろいろ落ち着いたらYoutubeチャンネル開設したいなとか思ってたんですが(高卒認定について語りたいな~と思った)、顔出しというハードルが無理で半ば心折れています。要らんこといって炎上しそうだしね。

このようにやりたいことが無尽蔵に出てくるのは小説がうまくいってないからです!!察して!!

 

狂っても夏

今日、今シーズン初のセミの鳴き声を観測した。

ニートと紙一重な生活を送っているせいで全然夏感ないんだけど、ああ夏なんだな~と思った。深夜2時に寝付いて朝10時半に起きる生活に、ここいらで終止符を打ちたい。

昼間。ダイソーに買い物に行ったらスイカモチーフのグッズが増えてて嬉しかった。

何を隠そう、私、スイカが大好きなのだ。

これは持っているスイカグッズのごく一部。左下のイヤリングは友人から去年プレゼントされたもの。

あと最近買ったのはスイカのアメとか。

中の飴もちゃんとスイカ。味もスイカらしいんだけどなんか食塩の味する。もしかしてスイカにかけた塩味?そこだけ再現すんな。

 

次、小説を出したいと思って色々準備しているんですが、うーん、どうなるんだろう。このコロナ禍で、コロナ前の平和な小説を世に出して受けるのかどうなのか(いや、平和でもなかったな、バチクソに治安悪いかった気もする)。かといってアフターコロナの世界の小説を書ける力量が己にあるのかもわからない。今編集さんに原稿読んでもらっており、いつどんな返事がくるのかなと、なんかもう、つわりのひどい妊婦みたいな心境になってる、常に。

それか、院試終わったら勉強法に関する本を出してもいいかもしれないという話を編集さんとしたのだけれど、それをやるとなんか勉強ノウハウの人みたいになっちゃうからな。ただ、『パンツ(以下省略)』で勉強方法そのものについては完全にノータッチだったので、どこかで公開できる機会があればと思っている。あと資格マニアになったのも10代からだったんだけど、それも端折ってしまった。そう思うとあの本に書いてあることって、本当に私のごく一部なんだなあ。だから、『パンツ』を読んだからって、私のことを全部知った気にならないでほしいです、どうか。

そんで保育士試験出願した。資格マニアなんでね。もともとは春に受験する予定だったのだが、コロナで中止になってしまった。後期試験は開催されますように。

 

ま、とりあえず、何をやるにもインプットするしかないと思って、ひっさびさに本を買い込んだ。最近、院試に出す論文の執筆で専門書ばかり読んでたから、新鮮な、最近世に出たばかりの小説を読むと、すごく頭に入ってくる。と、同時に、負けたくないという野心が燃えてくる。明確な仮想敵(?)がいるわけではございません。ただ、書店に行ってあらゆる小説やエッセイ作品の陳列を見るたびに、私、この本の山に埋もれたくない、と、最近強く思うようになったのです。

2月に本出してから、自分の中にある固形燃料みたいなもんが完全に燃え尽きたと思っていたんだけど、まためらめらと再燃してきた。いや、ぎらぎら、と言った方が良いのかもしれない。

まずは朝きちんと起きられるように体内時計の短針を、ずらします。

あとどうでもいんだけど東京理科大学出身の芸能人に私の名前が掲載されてますが、思いっきり中退してます。たぶんこのメンツの中で中退してるの私とムロツヨシさんだけではないでしょうか。

戸籍上の名前を変更(改名)してきた話

先日のエントリにも書きましたが、実は最近、改名をしました。

つまるところ、家庭裁判所にいって本名の改名許可を頂き、市役所行って戸籍上の名前を変更してきました。その記録です。

 

 

旧名前について

私のそれまでの下の名前は、実に珍しい名前であった。あまりない音の組み合わせで、よく他の名前と間違えられ、特に電話口などでは何度も聞き返されることがあった。

私はフリーター時代にしょっちゅうアルバイト先を変えていたのだが、職場を変えるたびに従業員登録される名前を間違えられ、ひどい場合だと振込先の口座の名義を間違えられ、給料が振り込まれていないことさえあった。(おいおい……)

そういった不都合以外の面でも、子どもの時からクラスの子に「珍しい名前だね」と、とても言われた。意地悪な男の子からは、「ヘンな名前!」といじられることもあった。中卒フリーターを経て、大学に通い始めてからでさえも、出席を取った爺さん先生に「不思議な名前!」とバカでかい声で言われて、肩をすくめたこともある。

で、そんな名前を付けたのはいったい誰かというと、私の父親、の、所属していた宗教団体である。

拙著『パンツははいておけ』に書いたのだが、私の父親は当時家庭内暴力がひどく、気に食わんことは拳と威嚇で解決の上、何でも俺が主導権を握らにゃすまん人で、夫婦同等に与えられるはずの、子どもの命名権すらも母親から奪い取った。

そんな背景があり、私の名前は、母親含む母方の親族が既にいくつか考えてくれていたらしいのだが、それを全て足蹴にする形で、父親の所属していた宗教団体から与えられた。

 

改名を思い立った理由

やはり、なんといっても、奇妙な名前で、出席のときや病院の待合場所などで呼ばれるのが恥ずかしかった。仲良くなった人でさえも、名前を呼んでほしくなかった。

そこで「片倉さん」こと現パートナーであるその人には、ずっと「かなこ」と呼んでもらっていた。表記は何度か変えているが、その名前をずっとペンネームで使っていたため、それをそのまま通称にした。

ちなみに、大学に入学してからはじめて片倉さんの親族に会ったのだが、彼の側の親族には、旧名は一切知らせておらず、ずっと「かなこ」で通している。

 

改名にいたるまで

だが、やはり、いつまでも戸籍上の名前と呼ばれている名前が違うというわけにも行かない。

2013年頃、改名について調べるようになった。まず出てきたのは、一時的な感情や、家族との不仲という理由だけで名前は変えられない、というシビアなコメントだった。肩を落とす。

しかし、一縷の望みを見つける。「戸籍上の氏名を必ず使用しなければいけない場以外では、使用したい名前を通称として使用し、その年数を積み重ねることで、改名が可能になる」という情報だった。

なるほど、とにかく通称を使用しまくって、周りに認識させればいいんだな。バイト先では無理だけど、とりあえず、手当たり次第、家族から始めるか。

まず、家族で唯一仲の良い兄。
「ふ~ん、よくわかんないけど、頑張って」
すごいドライな返答である。私の兄は興味のないことには本当に興味がない人間である。ただ、その後すぐにスマホのアドレス帳も「かなこ」に変えていたらしいので、案外理解のいいやつである。

次に、当時折り合いが悪くて別居していた母に電話。
「好きにすれば。私だってあの名前気に入ってなかったし、そもそも女の子にはもっとちゃんとした名前考えてあげようと思って(以下略)」
エンドレス愚痴が始まったので速攻切る。まあ、母も私に授けたかった名前をすべて却下されたので、そこに関しては納得はいってなかったようだ。

あとは、ポイントカードや自分宛の荷物など、そういう細かな所から地道に始めた。改名というのは、一朝一夕でどうにかなるもんではないのである。というか、簡単にどうにかなるシステムだったら、この世の秩序が崩壊するだろう。だから、致し方ない。そうやって自分を言い聞かせるしかないのだ。

 

2018年初めて改名を申請する

実は私、2回目の申し立てで改名を受理されたのである。

まず1回目の、棄却されてしまった申し立てのことについてお話しする。

これは私がまだ東京にいた時のことである。無事に中卒フリーターを脱し、2016年に東京理科大学に進学した私は、2018年4月に専攻を変えるために別の大学へ3年次編入することになっていた。

進学先も決まり、ほっとしていた私だったが、ふと、ここが改名のチャンスじゃないかと思い立つ。所属が変わるタイミングの方が、新しい名前に変更しやすいだろうと。

そこで、当時住んでいた管轄の家庭裁判所に改名の申し立てを送る。しばらくして、事情聴取の日取りを決める電話が来た。調停員による聴取ののち、裁判員に案件が伝えられ、申し立てが許可されるか却下されるか、当日に決まるとのことだった(申し立て人と裁判員は直接顔を合わせないらしい)。

で、せこせこと中央線で下り、家庭裁判所まで行く。当時、20数年生きてきて裁判所に行くのは初めての経験だったので、冷たくされるのかと思いきや、意外と調停員の女性が結構丁寧に聞き取ってくれて驚いた。

今まで使用してきた通称の実績(ポイントカードのコピーとか、通称名で届いた郵便物)も提示でき、正直、いけるやろ、と思った。だって、私の名前がつけられた背景には、当時DVをしていた父親の圧力があったわけなんだし。

調停員の方に、しばらくお待ちくださいと言われ、待合室のような場所で待機する。他にも何らかの事情で待っている人たちが数人いた。時折、他の調停員に呼ばれて退出する人がいたり、新しく入ってくる人がいたり、なんだかせわしなかった。だが、共通して全員私よりずっと年上で、どちらかと言えばその場は男性が多かった。みんな色々あるんだな。

10分後、待合室が私だけになった瞬間、部屋の外から私を担当してくれていた調停員の大きな声が聞こえた。

「だから、この子は頑張って今生活していて、名前を変えた方がこの子のためなんです!」

「だめ、そんな理由で、全く」

スタスタスタという二人分の大きな足音と一緒に、部屋の前を通り過ぎて行った。

え、これ、私のことだよね?

数分後、調停員の女性は私を別室に呼び、申し訳なさそうな顔をして、「裁判官は、今後の進学や就職に不利になるという理由で、改名を許可しませんでした。私の力が及ばず、申し訳ないです」と言った。

一度も私の顔を見ていない人が、勝手に私の進学やするかもわからない就職の心配をするって、何、どういうこと?

しかも、私は今の名前でしょっちゅう間違えられる不便さがあるから改名を希望しているのに、これ以上不利になることがあるもんか。

内部でどういった話し合いが行われていたのか、裁判官がどういう思考で私の改名を認めなかったのかは、当本人である私にさえ分からない。

そして、私は申し立てを棄却させられ、裁判所から帰ることになった。

立川駅構内の喫茶店で、シオシオとしおれながら、クランベリージュースを飲んだのを今でも覚えている。

 

2020年2回目の申し立てをする

それからも私は、通称を使えるところでは使用してきたし、ペンネームも変わらず「早乙女かな子」で通し、本も出した(ちなみに苗字の「早乙女」は本名である)。

その後また大学を編入することになり、奈良女子大学に編入して2年目の春の今年、件の自粛生活で家にいる日が続き、ふと思ったことがあったのだった。

「今なら、もう一回改名の申請しても損はないのでは?」

今住民票があるのは、奈良市である。ということは、当然申請先の裁判所も変わる。

正直、東京の某家庭裁判所での経験を思い出すたび、ぐっつぐつに腸が煮えくり返っていた。親身になってくれた調停員はともかく、廊下から聞こえてきた裁判官のだるそうな発言には頭に来てしまう。

――だが、今はもうそこが私の住んでいるところの管轄の裁判所ではない。もしかして、他の家庭裁判所だったら、違う結果が出るのではないか?

そうして私はもう一度、改名申請をすることにした。

2020年5月末、1回目と同じような手順で、事情聴取の日が来た(緊急事態宣言が長引いたことで一度日取りが変更になるハプニングはあったが)。

調停員の方はご年配の男性で、優しく話を聞いてくれ、やはり丁寧にメモを取っていた。2回目なので、私もあまり感情的にならず、理路整然と話すことが出来た。全てを話し終えると、裁判官との話し合いのために、調停員の方は席を外した。

広い部屋に私一人が残された。時勢の都合で窓が全開になっていたのだが、ちょうど暑い日だったので、吹き抜けてくる風が本当に気持ちよかった。

20分ぐらいしてから、調停員と書記の方が入ってきて、改名の許可がようやく降りた。

「改名をすることで、もう元の名前には戻れません。名前を変えたことで、大変なこともあるかもしれません。その覚悟を背負っていけますか」

調停員に念を押され、私は頷いた。

 

改名後の手続き

実は、家庭裁判所で許可が下りただけでは、改名したことにならない。自分で住民票のある役所か本籍地に行って届け出る必要がある。

市役所に届けが済んだら、銀行口座、クレジットカード、パスポート、あらゆるものについて名義変更をしなければならない。私は今まさにこの手続きに追われている段階にいる。

だが、自分で責任を持って改名すると決めたんだし、いくら面倒でもこれは自身が背負わなければならない業である。

余談ではあるが、妙齢の女が各機関の窓口に行って「名義を変更したいんですが」っていうと必ず「はい、ご苗字の変更ですね」とほぼ百発百中で言われるという新たな知見を得た。まあ姓を変更する人の方が多いし(特に女は結婚で)、普通は下の名前だとは思わないだろうが、だからといって苗字と決めつけて話を進めるのもどうかと感じる。

 

改名したい人へのアドバイス

2回目の申し立てで通った私からは、以下の2点を助言したい。

①とにかくできる限りの場所で通称を使用する
②家庭裁判所「ガチャ」はあると思う

特に私より下の世代にあると思うのが、「キラキラネーム」。これを改名したいと思っている人は多いだろう。

大事なのは、自分で将来使いたい名前を考え、その通称を今からでも使用しておくことだ。私の場合も、7年ほど通称を使用したという年数の積み重ねが大きかったようだ。

特に他者から送られてくる郵便物は「他者からその通称で認知されている」と判断できるものとして非常に有効らしいので、年賀状や暑中見舞いなどを、協力をしてもらえそうな友人や知人から、通称で送ってもらうと良い。

戸籍上の氏名でなくても良い場所(ポイントカード、美容室の予約、何かのファンクラブetc)では、積極的に通称を使った方が良い。

そして大事なのは、その名前で貰った郵便物や領収書などを、しっかりと取ってファイルに保管しておくことだ。これが多ければ多いほど、通称への変更が認められやすい。

それから、家庭裁判所によって当たりはずれ(=「ガチャ」)はどうやら存在していそうだ。ただそれのためだけに住民票を変えろとも言わないが、一度申し立てに失敗した方でも、引っ越す機会があったら、そこの管轄の家庭裁判所に再度申し立てしてみるのはやってみる価値がありそうだ。

 

これから子どもに名前をつける人へ

自分の名前は、自分でつけることが出来ない。名付けた人間の価値観に左右されてしまう。

最近は、人と被らない名前にしようとして奇抜な名前をつける親が多いそうだが、その子が年をとった時にどうか、ちゃんと思い留まって欲しい。わかりやすい方法として、後ろに(80)ってつけてみるがいい、テレビの字幕みたいなイメージで。今はどんなに可愛い子どもだって、やがて等しく大人になる。そしてシワシワのお年寄りにもなる。「〇〇さん(80)」ってしたときに、イタくないかどうか、よく考えて欲しい。

ちなみに私の旧名だと、後ろに(80)と付けたときにまあまあイタかった。若いうちに変えられてよかったぜ。

私はずーっとずーっと、「〇子」っていう名前に憧れてた。私の同年代にはまだそういう名前の子が少しだけいて、そういう子たちは「えーダサいじゃん」って言っていたけれど、本当に羨ましかった。
巷では「シワシワネーム」と言うらしいが、私は日本らしくて、可愛らしくて、スキだ。名前にはブームがあるらしいので、実は今、この「シワシワネーム」がじわじわ人気に返り咲いているとも聞いた(ところでシワシワネームって言うネーミングはどうにかならんのか?)。

私は今年でようやく、(紆余曲折経て)大学も卒業できそうで、戸籍上の名前も変えられて、ここからが私の本当の人生だと思っている。ちなみに改名した後に画数診断したら家庭運最悪だったけど、まあいいや。運命とは自分で捻じ曲げて、ぶっ壊していくもんだ。

 

以上はあくまで私の体験談である。改名の事情は多岐にわたるため、一概に「これならうまくいく」とは言えないが、参考までに、どうぞ。

『パンツは はいておけ』のその後の話

『パンツははいておけ』の後の私の人生の話という、近況報告です。

去年奈良女子大学に三年次編入学した私は、今年、無事に4年生になれました。実は大学4年生になれたのは初めてです(大学3年生は前の大学でもやったので、2回やってる)。

卒業見込証明書が発行できるようになったのが嬉しすぎて証明書とツーショットの自撮りをするという奇行に及んだ。

 

今、卒業論文を(とりあえず)仕上げて、卒業に必要な単位もほとんど取り切り、卒業が秒読みになっている状態です。まだ早い?早いか。1分前ぐらいです。

なんで来年3月卒業なのにこんな時期に卒論書いてるんだ、というのも、夏休みに受験する大学院で論文を提出するからです。でもお陰で卒研の発表準備は楽になりそうだ。コロナのせいで、やるのか分からないけど。

大学院は別の大学を受験する予定です。

 

学業の話はさておき、それ以外のこと。

『パンツははいておけ』のあと、「片倉さん」と私がどうなったか書いていなくて気になっている人がわずかばかりにいるのかもしれない(実はゲラの時点では書いてたのだが、編集さんの提案でその部分は削除した)。

(ちなみに「片倉」はさすがに仮名です。というか、私のエッセイに出てくる人物のほとんどは仮名です)

私が大学に通い始めてから、片倉さんと暮らすようになりました。彼の両親にも会い、なんとなく出会った私たちなので、これからの人生も、なんとなく一緒にいようと、なんとなく決めた。永遠の愛を誓うとかそんなことはしておらず、一緒にいると楽ちんなのでお互い寄りかかって生きている、そんな感じです。

ちなみに私が奈良女子大学に編入してからは、もちろん関東と関西で別居になっている。私が来年の3月に卒業するのに合わせて、彼は滋賀に戻ってくる予定である(仕事も関西に異動)。

 

私たちは事実婚みたいな感じで今緩くやっている。なんでそんなややこしいことをしているかと言うと、お互いに苗字を変えることに抵抗があるからだ(世間ではこれをワガママという人がいるらしいが……)。

あと、また後程別記事で書くのですが、私が戸籍上の下の名前を最近改名したため、法律婚をして彼の苗字を私が選択したとなると、私の氏名が上も下も生まれた時のものと変わるという非常なカオスな状態に。ちなみに、彼も小学生のときに親の再婚に際して、既に一度苗字が変わった経験がある。

だから、これからも事実婚で行こうと決意をしていたのだが、現在ある問題にぶち当たっている。
私は来年から滋賀に移住するつもりで準備をしており、住む場所についても考えている。最初の数年間は賃貸でいいかなと思っているのだが、やはりいつかはマイホームが欲しい。滋賀に初めて来た日から、私は琵琶湖の見える景色にマイホームを持つのが夢だった。

だが、事実婚だと共同の住宅ローンが組めないのである……。
今年ようやく、大手銀行が事実婚カップルや同性カップルにも共同ローンを組めるように商品内容を改定したというニュースを聞いた。気になる方はこちら

喜んだのも束の間、その適用には種々の壁がある。条件だったり、公的証明書の発行が必要だったり、この恩恵を私たちが絶対に享受できる保証などないのだ……。

それから、保険についても最近考えるようになったのだが、事実婚だと、生命保険の受取人にパートナーを指定することができない。

 

そのようなことがあり、私たちは現在、法律婚に踏み切るか非常に考え始めている。もし法律婚を選んだら、私が苗字を変えるしかないのかなあと、今、覚悟を決めているところである。

夫婦別姓制度、早く導入してくれ~~。

 

とりあえず、私の人生は今こんな感じです。

来年の今ごろは大学院生をしながら作家業を続けられているといいなと思っています。

 

Twitter再開しました

告知・宣伝用にないとやはり不便だなと痛感しました。

本当につぶやくだけになると思いますが、どうぞ。