戸籍上の名前を変更(改名)してきた話

先日のエントリにも書きましたが、実は最近、改名をしました。

つまるところ、家庭裁判所にいって本名の改名許可を頂き、市役所行って戸籍上の名前を変更してきました。その記録です。

 

 

旧名前について

私のそれまでの下の名前は、実に珍しい名前であった。あまりない音の組み合わせで、よく他の名前と間違えられ、特に電話口などでは何度も聞き返されることがあった。

私はフリーター時代にしょっちゅうアルバイト先を変えていたのだが、職場を変えるたびに従業員登録される名前を間違えられ、ひどい場合だと振込先の口座の名義を間違えられ、給料が振り込まれていないことさえあった。(おいおい……)

そういった不都合以外の面でも、子どもの時からクラスの子に「珍しい名前だね」と、とても言われた。意地悪な男の子からは、「ヘンな名前!」といじられることもあった。中卒フリーターを経て、大学に通い始めてからでさえも、出席を取った爺さん先生に「不思議な名前!」とバカでかい声で言われて、肩をすくめたこともある。

で、そんな名前を付けたのはいったい誰かというと、私の父親、の、所属していた宗教団体である。

拙著『パンツははいておけ』に書いたのだが、私の父親は当時家庭内暴力がひどく、気に食わんことは拳と威嚇で解決の上、何でも俺が主導権を握らにゃすまん人で、夫婦同等に与えられるはずの、子どもの命名権すらも母親から奪い取った。

そんな背景があり、私の名前は、母親含む母方の親族が既にいくつか考えてくれていたらしいのだが、それを全て足蹴にする形で、父親の所属していた宗教団体から与えられた。

 

改名を思い立った理由

やはり、なんといっても、奇妙な名前で、出席のときや病院の待合場所などで呼ばれるのが恥ずかしかった。仲良くなった人でさえも、名前を呼んでほしくなかった。

そこで「片倉さん」こと現パートナーであるその人には、ずっと「かなこ」と呼んでもらっていた。表記は何度か変えているが、その名前をずっとペンネームで使っていたため、それをそのまま通称にした。

ちなみに、大学に入学してからはじめて片倉さんの親族に会ったのだが、彼の側の親族には、旧名は一切知らせておらず、ずっと「かなこ」で通している。

 

改名にいたるまで

だが、やはり、いつまでも戸籍上の名前と呼ばれている名前が違うというわけにも行かない。

2013年頃、改名について調べるようになった。まず出てきたのは、一時的な感情や、家族との不仲という理由だけで名前は変えられない、というシビアなコメントだった。肩を落とす。

しかし、一縷の望みを見つける。「戸籍上の氏名を必ず使用しなければいけない場以外では、使用したい名前を通称として使用し、その年数を積み重ねることで、改名が可能になる」という情報だった。

なるほど、とにかく通称を使用しまくって、周りに認識させればいいんだな。バイト先では無理だけど、とりあえず、手当たり次第、家族から始めるか。

まず、家族で唯一仲の良い兄。
「ふ~ん、よくわかんないけど、頑張って」
すごいドライな返答である。私の兄は興味のないことには本当に興味がない人間である。ただ、その後すぐにスマホのアドレス帳も「かなこ」に変えていたらしいので、案外理解のいいやつである。

次に、当時折り合いが悪くて別居していた母に電話。
「好きにすれば。私だってあの名前気に入ってなかったし、そもそも女の子にはもっとちゃんとした名前考えてあげようと思って(以下略)」
エンドレス愚痴が始まったので速攻切る。まあ、母も私に授けたかった名前をすべて却下されたので、そこに関しては納得はいってなかったようだ。

あとは、ポイントカードや自分宛の荷物など、そういう細かな所から地道に始めた。改名というのは、一朝一夕でどうにかなるもんではないのである。というか、簡単にどうにかなるシステムだったら、この世の秩序が崩壊するだろう。だから、致し方ない。そうやって自分を言い聞かせるしかないのだ。

 

2018年初めて改名を申請する

実は私、2回目の申し立てで改名を受理されたのである。

まず1回目の、棄却されてしまった申し立てのことについてお話しする。

これは私がまだ東京にいた時のことである。無事に中卒フリーターを脱し、2016年に東京理科大学に進学した私は、2018年4月に専攻を変えるために別の大学へ3年次編入することになっていた。

進学先も決まり、ほっとしていた私だったが、ふと、ここが改名のチャンスじゃないかと思い立つ。所属が変わるタイミングの方が、新しい名前に変更しやすいだろうと。

そこで、当時住んでいた管轄の家庭裁判所に改名の申し立てを送る。しばらくして、事情聴取の日取りを決める電話が来た。調停員による聴取ののち、裁判員に案件が伝えられ、申し立てが許可されるか却下されるか、当日に決まるとのことだった(申し立て人と裁判員は直接顔を合わせないらしい)。

で、せこせこと中央線で下り、家庭裁判所まで行く。当時、20数年生きてきて裁判所に行くのは初めての経験だったので、冷たくされるのかと思いきや、意外と調停員の女性が結構丁寧に聞き取ってくれて驚いた。

今まで使用してきた通称の実績(ポイントカードのコピーとか、通称名で届いた郵便物)も提示でき、正直、いけるやろ、と思った。だって、私の名前がつけられた背景には、当時DVをしていた父親の圧力があったわけなんだし。

調停員の方に、しばらくお待ちくださいと言われ、待合室のような場所で待機する。他にも何らかの事情で待っている人たちが数人いた。時折、他の調停員に呼ばれて退出する人がいたり、新しく入ってくる人がいたり、なんだかせわしなかった。だが、共通して全員私よりずっと年上で、どちらかと言えばその場は男性が多かった。みんな色々あるんだな。

10分後、待合室が私だけになった瞬間、部屋の外から私を担当してくれていた調停員の大きな声が聞こえた。

「だから、この子は頑張って今生活していて、名前を変えた方がこの子のためなんです!」

「だめ、そんな理由で、全く」

スタスタスタという二人分の大きな足音と一緒に、部屋の前を通り過ぎて行った。

え、これ、私のことだよね?

数分後、調停員の女性は私を別室に呼び、申し訳なさそうな顔をして、「裁判官は、今後の進学や就職に不利になるという理由で、改名を許可しませんでした。私の力が及ばず、申し訳ないです」と言った。

一度も私の顔を見ていない人が、勝手に私の進学やするかもわからない就職の心配をするって、何、どういうこと?

しかも、私は今の名前でしょっちゅう間違えられる不便さがあるから改名を希望しているのに、これ以上不利になることがあるもんか。

内部でどういった話し合いが行われていたのか、裁判官がどういう思考で私の改名を認めなかったのかは、当本人である私にさえ分からない。

そして、私は申し立てを棄却させられ、裁判所から帰ることになった。

立川駅構内の喫茶店で、シオシオとしおれながら、クランベリージュースを飲んだのを今でも覚えている。

 

2020年2回目の申し立てをする

それからも私は、通称を使えるところでは使用してきたし、ペンネームも変わらず「早乙女かな子」で通し、本も出した(ちなみに苗字の「早乙女」は本名である)。

その後また大学を編入することになり、奈良女子大学に編入して2年目の春の今年、件の自粛生活で家にいる日が続き、ふと思ったことがあったのだった。

「今なら、もう一回改名の申請しても損はないのでは?」

今住民票があるのは、奈良市である。ということは、当然申請先の裁判所も変わる。

正直、東京の某家庭裁判所での経験を思い出すたび、ぐっつぐつに腸が煮えくり返っていた。親身になってくれた調停員はともかく、廊下から聞こえてきた裁判官のだるそうな発言には頭に来てしまう。

――だが、今はもうそこが私の住んでいるところの管轄の裁判所ではない。もしかして、他の家庭裁判所だったら、違う結果が出るのではないか?

そうして私はもう一度、改名申請をすることにした。

2020年5月末、1回目と同じような手順で、事情聴取の日が来た(緊急事態宣言が長引いたことで一度日取りが変更になるハプニングはあったが)。

調停員の方はご年配の男性で、優しく話を聞いてくれ、やはり丁寧にメモを取っていた。2回目なので、私もあまり感情的にならず、理路整然と話すことが出来た。全てを話し終えると、裁判官との話し合いのために、調停員の方は席を外した。

広い部屋に私一人が残された。時勢の都合で窓が全開になっていたのだが、ちょうど暑い日だったので、吹き抜けてくる風が本当に気持ちよかった。

20分ぐらいしてから、調停員と書記の方が入ってきて、改名の許可がようやく降りた。

「改名をすることで、もう元の名前には戻れません。名前を変えたことで、大変なこともあるかもしれません。その覚悟を背負っていけますか」

調停員に念を押され、私は頷いた。

 

改名後の手続き

実は、家庭裁判所で許可が下りただけでは、改名したことにならない。自分で住民票のある役所か本籍地に行って届け出る必要がある。

市役所に届けが済んだら、銀行口座、クレジットカード、パスポート、あらゆるものについて名義変更をしなければならない。私は今まさにこの手続きに追われている段階にいる。

だが、自分で責任を持って改名すると決めたんだし、いくら面倒でもこれは自身が背負わなければならない業である。

余談ではあるが、妙齢の女が各機関の窓口に行って「名義を変更したいんですが」っていうと必ず「はい、ご苗字の変更ですね」とほぼ百発百中で言われるという新たな知見を得た。まあ姓を変更する人の方が多いし(特に女は結婚で)、普通は下の名前だとは思わないだろうが、だからといって苗字と決めつけて話を進めるのもどうかと感じる。

 

改名したい人へのアドバイス

2回目の申し立てで通った私からは、以下の2点を助言したい。

①とにかくできる限りの場所で通称を使用する
②家庭裁判所「ガチャ」はあると思う

特に私より下の世代にあると思うのが、「キラキラネーム」。これを改名したいと思っている人は多いだろう。

大事なのは、自分で将来使いたい名前を考え、その通称を今からでも使用しておくことだ。私の場合も、7年ほど通称を使用したという年数の積み重ねが大きかったようだ。

特に他者から送られてくる郵便物は「他者からその通称で認知されている」と判断できるものとして非常に有効らしいので、年賀状や暑中見舞いなどを、協力をしてもらえそうな友人や知人から、通称で送ってもらうと良い。

戸籍上の氏名でなくても良い場所(ポイントカード、美容室の予約、何かのファンクラブetc)では、積極的に通称を使った方が良い。

そして大事なのは、その名前で貰った郵便物や領収書などを、しっかりと取ってファイルに保管しておくことだ。これが多ければ多いほど、通称への変更が認められやすい。

それから、家庭裁判所によって当たりはずれ(=「ガチャ」)はどうやら存在していそうだ。ただそれのためだけに住民票を変えろとも言わないが、一度申し立てに失敗した方でも、引っ越す機会があったら、そこの管轄の家庭裁判所に再度申し立てしてみるのはやってみる価値がありそうだ。

 

これから子どもに名前をつける人へ

自分の名前は、自分でつけることが出来ない。名付けた人間の価値観に左右されてしまう。

最近は、人と被らない名前にしようとして奇抜な名前をつける親が多いそうだが、その子が年をとった時にどうか、ちゃんと思い留まって欲しい。わかりやすい方法として、後ろに(80)ってつけてみるがいい、テレビの字幕みたいなイメージで。今はどんなに可愛い子どもだって、やがて等しく大人になる。そしてシワシワのお年寄りにもなる。「〇〇さん(80)」ってしたときに、イタくないかどうか、よく考えて欲しい。

ちなみに私の旧名だと、後ろに(80)と付けたときにまあまあイタかった。若いうちに変えられてよかったぜ。

私はずーっとずーっと、「〇子」っていう名前に憧れてた。私の同年代にはまだそういう名前の子が少しだけいて、そういう子たちは「えーダサいじゃん」って言っていたけれど、本当に羨ましかった。
巷では「シワシワネーム」と言うらしいが、私は日本らしくて、可愛らしくて、スキだ。名前にはブームがあるらしいので、実は今、この「シワシワネーム」がじわじわ人気に返り咲いているとも聞いた(ところでシワシワネームって言うネーミングはどうにかならんのか?)。

私は今年でようやく、(紆余曲折経て)大学も卒業できそうで、戸籍上の名前も変えられて、ここからが私の本当の人生だと思っている。ちなみに改名した後に画数診断したら家庭運最悪だったけど、まあいいや。運命とは自分で捻じ曲げて、ぶっ壊していくもんだ。

 

以上はあくまで私の体験談である。改名の事情は多岐にわたるため、一概に「これならうまくいく」とは言えないが、参考までに、どうぞ。